徳島地方裁判所 昭和46年(ワ)311号 判決 1974年5月17日
原告 甲野太郎
右法定代理人親権者父 甲野一郎
同母 甲野花子
右訴訟代理人弁護士 藤川健
被告 国
右代表者法務大臣 中村梅吉
右指定代理人 高松法務局訟務部付検事 河村幸登
<ほか三名>
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一、原告訴訟代理人
1、被告は原告に対し八〇〇万円及びこれに対する昭和四一年一一月一〇日以降完済まで年五分の割合による金員を支払え。
2、訴訟費用は被告の負担とする。
3、仮執行の宣言。
二、被告
1、原告の請求を棄却する。
2、訴訟費用は原告の負担とする。
3、仮執行宣言が付されるならば担保を条件とする執行免脱の宣言。
第二請求原因
一、原告の発病に至る経過
1、原告は昭和三九年一〇月三日甲野一郎、甲野花子の長男として出生したが、発育が極めて良好で、生後八ヶ月ころの身長、体重、胸囲、頭囲は、いずれも標準児を上廻り、昭和四〇年六月七日の第一三回徳島県乳児健康診査会第一次予選および第一三回石井町乳児健康診査会で準健康優良児として表彰を受けた。
2、原告は昭和四〇年五月一〇日名西郡石井町において予防接種法に基き同町長が国の委任事務として実施した種痘(以下同日受けた種痘を本件種痘という。)を受けたところ、その後一週間位して高熱を発し手足がまひしたような症状を呈したが、原告の両親は原告が幼児なので成長とともに回復すると思い町医者の診察を受けただけであった。しかし、原告は昭和四一年六月頃になっても手足のまひが続き、口もきけず白痴のような状態になったので、同月一日から同年八月四日まで、更に同年一〇月二二日から同年一一月一〇日まで徳島大学附属病院へ入院したが、病名は脳炎後遺症による脳の発達異常からひきおこされた点頭てんかんで治療不可能との診断を受け、その後自宅で療養しているものの症状は全く変化がない。
二、本件種痘と原告の発病との因果関係
1、原告の点頭てんかんが種痘に起因する脳炎により発病したものであるか否かは種痘後三〇日以内に原告の症状にけいれん、片まひが現れたか否かによるものであるところ、原告には種痘後まもなく、けいれんや片まひが現われていたから、原告の発病が種痘に起因することが明白である。
2、また、原告の両親は、当初原告の症状が種痘に起因することまで思い及ばなかったのであるが、昭和四五年一一月二三日雑誌主婦と生活一〇月号の「本誌公害キャンペーンこの母たちは訴える」の記事に種痘により脳を侵され口もきけなくなった幼児の実例が紹介されているのを読んだところ、その症状が全く原告の場合と同一であったから、原告の発病が種痘によることはまちがいない。
三、被告の過失と責任
1、種痘は予防接種法に基き国が国民すべてに生後二月から一二月に至る期間に受けることを義務づけており、従って被告は予防接種に当り副作用のない安全なワクチンを選び、かつ接種を受けるものの体質やその時の健康状態が接種に適するものであるか否かを十分検査した上で施用すべき義務があるのに被告又は本件種痘に関係した公務員は、これを怠り原告に本件種痘をしたものである。
2、また医学上種痘が低率ながら脳炎やせきずい炎の後遺症を発生する危険のあることは常識であるから、原告のように種痘に起因して脳炎後遺症による点頭てんかんが発生したような場合には、被告又は予防接種に関係した公務員の具体的過失が明らかでないとしても、当然被告に過失があるものとして、被告は責任を負わなければならないと解すべきである。
3、よって被告は、民法七〇九条又は国家賠償法一条により原告が蒙った損害を賠償すべき義務がある。
四、損害
1、得べかりし利益の喪失
原告は点頭てんかんによる後遺症により口もきけず立って歩行することさえできず全く廃人であり今後労働により収入を得ることは不可能である。原告にもしこの後遺症がなければ満二〇才から満六〇才までの四〇年間にわたり職業に就き収入を得たであろうことが推認される。ところで、総理府統計局編産業別常用労働者賃金表記載の規模五人ないし二九人の事業所の昭和四四年度の男子平均賃金は月額五八、一〇一円、年額六九七、二一二円であるからこれを基準とし、ホフマン式計算法により事故当時における一時に請求し得る金額を求めると次のとおり一〇、九五五、九八五円となる。
年間収入 53年の係数 13年の係数
697,212円×(25,535-9,821)=10,955,985円
2、慰藉料
原告の症状は前記のように口もきけず歩行もできず、かつ知能も白痴同様であり全く廃人というべきものであるから、その慰藉料は三〇〇万円を相当とする。
五、よって、原告は被告に対し一三、九五五、九八五円の損害賠償債権を有しているが、そのうち八〇〇万円およびこれに対する本件事故後たる昭和四一年一一月一〇日以降完済まで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
第三請求原因に対する被告の答弁
一、請求原因一の事実中、原告が昭和三九年一〇月三日に甲野一郎、花子の長男として出生したこと、原告が昭和四〇年五月一〇日石井町で予防接種法に基く種痘を受けたこと、原告主張の各期間原告が徳島大学附属病院に入院したこと、原告のその時の病名が点頭てんかんであることは認めるが、原告の病気が脳炎後遺症による脳の発達異常からひきおこされたものであることは争い、その余の事実は不知。
二、同二の事実中、原告の病名が点頭てんかんであることは認めるが、その余の事実は否認する。
三、同三の事実中、予防接種を実施する場合における施用者の義務、予防接種により、まれに後遺症が発生するおそれのあることは認めるが、その余の事実は争う。
四、同四の事実はすべて不知。
五、原告の本件発病は次のような事情から考えれば本件種痘と因果関係がないというべきである。すなわち、
1、種痘後三〇日以内にけいれん、片まひ等の異常があった場合においても種痘と点頭てんかんとの間の因果関係は必ずしも明らかではないうえ、原告は本件種痘の一〇日後、岩佐病院で発熱のため受診しているが、当時けいれん、片まひ等はなかったのであり家族からそのような申出はなかったし、他に、本件種痘後三〇日以内にはそのような症状が起ったという証拠はない。原告は種痘後約五か月たった昭和四〇年一〇月八日徳島大学附属病院に赴くまでの間、右以外にこれといった診察を受けていないし、右病院で受診の際も種痘後、間もなく前記症状があった旨の申出はしていない。
2、原告は本件種痘の約一か月後の昭和四〇年六月七日に開催された第一三回徳島県乳児健康審査会第一次予選をかねた第一三回石井町乳児健康診査会に参加し、母親の申告をも参考に乳児の発育状態、身体各部の機能、皮膚の状況等多方面の診断、審査の結果、同日準健康優良児として表彰を受けた。更に、原告は同年九月二七日に第一回二種混合(百日咳、ジフテリア)の接種、同年一〇月一八日に第二回の同接種、同年一一月八日に第三回の同接種を受けており、いずれの接種時にも予診を通過しているものである。従って当時原告にその主張のような異常がなかったことは明らかである。
六、本件種痘につき被告ないしはこれに関係した公務員に過失はない。すなわち、
本件予防接種は昭和四〇年五月一〇日石井公民館において予防接種法一〇条一項一号の生後二月から一二月までの乳児を対象に石井町長により同法五条による定期予防接種として実施されたのであるが、当日接種業務に従事したものは開業医富野徳、石井町保健婦藤川泰子、石井町書記(看護婦)遠藤ヨシ子ほか受付事務を担当した石井町保険衛生課事務職員一名である。
当日接種した痘苗は徳島県の斡旋にかかる熊本化学血清研究所二九四(池田株)であって、これを切皮法により接種したのであるが、接種実施に際しては右会場内に設置された黒板に予防接種実施規則(昭和三三年九月一七日厚生省令二七号)四条の禁忌に関する注意事項を掲出し、接種対象者につき保護者から禁忌事項該当症状等健康状態および既往症等の申出をさせるとともに医師、保健婦、看護婦により問診を行ない、その際多少とも異常の認められた者については更に体温測定および聴打診等の予診を行ない接種の適状にあることを確認の上実施した。当日実施対象外来者は一四四名であるが前記予診の結果禁忌症状が認められた六名の対象者については延期を適当として中止したので接種者は原告ほか一三七名であった。
第四証拠≪省略≫
理由
一、原告が昭和三九年一〇月三日甲野一郎、甲野花子の長男として出生したこと、原告が昭和四〇年五月一〇日予防接種法に基く痘そうの予防接種(本件種痘)を受けたこと(右予防接種は、石井町長が国から機関委任された事務として実施したものと認められる。(予防接種法五条参照))右接種後原告が発病し、そのため原告主張の期間徳島大学附属病院に入院したこと、原告の右入院時の病名が点頭てんかんであることは当事者間に争いなく、原告が右予防接種を受けたときの状況が被告主張のとおりであることは、原告の明らかに争わないところである。
二、原告は原告の本件病気は、右種痘に起因して発生した脳炎によりひきおこされたか又は右種痘を直接の原因として発生したもので、いずれにせよ本件種痘と因果関係がある旨主張するものの如くであるので、まず、本件種痘から本件発病に至る経緯、原告の現在の症状等について検討する。
≪証拠省略≫を総合すると次の事実が認められる。
1、原告は本件種痘の一〇日位後の昭和四〇年五月二〇日頃四〇度位の発熱があり、原告の両親が原告を近くの岩佐病院で診察を受けさせたところ、気管支炎と診断され、注射、内服薬の投与を受け一時的に解熱したが、再び熱が出て一晩中熱が下がらず、うとうと寝てばかりいたが、翌日には熱も下がりミルクをよく飲み、以後特に変わったことはなかった。なお、その当時の同病院の診療録には頭痛、嘔吐、けいれん等の記載はなされていない。
2、原告は昭和四〇年六月七日第一三回徳島県乳児健康診査会第一次予選を兼ねた第一三回石井町乳児健康診査会に参加したが、原告の母親から別に原告の体の調子が悪いとの申出はなく、担当の医師が原告の発育状態、身体各部の機能、皮膚の状況等を診察した結果、そのいずれの点も標準以上であり、原告は同日準健康優良児として表彰を受けた。
3、原告は昭和四〇年六月一〇日頃から何らの原因なく瞬間的に頭をうなずき、手を上げるような運動発作が一日七、八回起るようになったので、これを心配した原告の祖母乙山春子は疳が起ったと思い、同年九月六日原告を板野郡上板町所在(当時)の林医院に連れて行き診察を受けさせたところ、その当時の原告の体調は栄養良好、便通毎日一回、夜間睡眠良好、熱なしという状態で、疳ではないと言われたが、はっきりした病名も告げられなかった。もっとも当時の診療録には神経質(神経衰弱症)なる記載がなされている。
4、しかし、右のような原告の発作がなかなかおさまらないので、原告の両親は心配になり昭和四〇年一〇月八日原告を徳島大学附属病院小児科に連れて行き診察を受けさせたところ、点頭てんかんの特徴である脳波異常と点頭発作(発作時うなずくように見えることから、この名がある)の臨床症状から点頭てんかんであるとの診断を受け、通院して治療を受けたが発作が止らず、入院して治療を続けたが、結局治癒せず昭和四一年一〇月頃よりは発作が大発作様のけいれんに変り精神運動発達遅延が顕著となって来た。
5、原告は現在九才になるが、点頭てんかん後遺症による重症心身障害児にあたるものと認められ、就学もできず、医師からは回復の見込なしと診断されている。その症状は知能障害が強く、知能指数二五以下の白痴状態で、言葉は勿論話せず、人の言うことも分らない。跛行しながらどうにか歩けるがアセトテーゼ運動が著名なためほとんど有用な動作をなしえない。そして一回約二〇秒続くひきつけの発作が一日七回位おこり、排尿、排便も教えられない状態にある。
6、なお、原告の両親は特に疾患はなく、原告の母も姙娠中異常はなく、分娩時は予定日を超過し早期破水で微弱陣痛があり吸引分娩をしたが、特に重症の異状分娩というほどではなかった。また、原告はポリオの予防接種を昭和四〇年四月二一日(第一回)、同年一一月二日(第二回)、百日咳、ジフテリアの予防接種を同年九月二七日(第一回)、同年一〇月一八日(第二回)、同年一一月一八日(第三回)にそれぞれ受けた。
≪証拠判断省略≫
三、そこで、次に一般的に種痘とこれに基く神経系合併症又は点頭てんかんとの関係につき検討するに、≪証拠省略≫を総合すると、現在医学上次のようなことが明らかにされているか、一般的に言われていることが認められる。
1、種痘の神経系合併症として通常考えられるものは、種痘後脳炎あるいは脳症(その区別は、発病時脳あるいは髄膜に炎症がおこっているかどうかを主とする)で、前者は主として二才以上のものに、後者は二才未満の乳幼児に多い。いずれも前駆的症状なく急激に発病するものであるが、接種後四日以前または三〇日以後に神経系障害が出現したものは、種痘と関係がないものと考えられている。特に種痘後四日ないし一八日でけいれん、意識障害、運動失調、まひ等が現れた場合には、種痘との関係が非常に濃厚で、一九日ないし三〇日までの発症は、種痘との関係は、全く否定はできないけれども少ない。種痘後脳炎は、意識障害等が現われ、延命すれば完治するが背随障害が残り、種痘後脳症は、けいれんが主体となって現われるかなりはっきりした臨床症状で、右症状はしろうと目にもはっきり分り、予後不良で何らかの片まひが残り、完治しないことが大部分である。
2、点頭てんかんは、種々の原因による脳障害に合併する一症候群で、乳幼児期に限ってみられる予後不良の小児てんかんである。その原因としては一般的に出生前因子(先天性のもの、結発性硬化症等)、出生時因子(重症分娩、脳性小児麻痺等)、出生後因子(脳炎髄膜炎、脳症等)に分類されるがその他原因不明もかなりの率に昇っている(研究報告によれば三〇パーセントを超えている。)。点頭てんかんの発生は生後一年未満が多く、種痘後一か月以内に点頭てんかんをおこし、種痘との関係を否定しない症例の報告もあるが、ちょうど点頭てんかんの発生の時期が予防接種を受ける時期に相当し、予防接種と点頭てんかんの発病が偶然重なる可能性が少くないから、種痘後一定の期間内に点頭てんかんの発作のおこったものすべてが予防注射が原因であると考えることには、問題がある。又百日咳ワクチン、三種混合ワクチン接種後に点頭てんかんが比較的多く見られるが、百日咳ワクチン等は即時反応群に属し、種痘は遅発性反応群に属し、両者の中枢神経系に障害をきたす機序には差があると考えられるから、これが直ちに種痘と点頭てんかんとの関係を裏づける根拠にはならない。もっとも種痘後脳炎又は脳症があって、それからしばらくして点頭てんかんの発症があったような場合には、種痘と点頭てんかんとの間には、かなり密接な関係があると考えられ、岡山大学小児科の研究によれば点頭てんかん一一七例中一四例、12パーセントが脳炎に基くものと推定されている。結局、現在の医学上、種痘によって点頭てんかんが起る可能性は、はっきりと分っていないが、全然無関係であると言い切れるほどの根拠もない。
四、そこで、更に具体的に本件種痘と原告の点頭てんかんとの間に因果関係があるか否かにつき検討する。前示事実によれば、原告の両親には特別の疾患もみあたらず、原告の母親が原告を分娩した際少し異状があったが出生子に障害を及ぼす程の異状分娩とはいえず、他にも点頭てんかんの原因となるような出生前ないしは出生時因子はみあたらないこと、原告は本件種痘の一〇日後である昭和四〇年五月二〇日頃四〇度位の発熱があり、種痘の三〇日後あたりには何らの誘因もなくこっくりうなずく発作(いわゆる点頭発作)が起り、この頃点頭てんかんが発病したと考えられること等を総合考察すれば、右発病は本件種痘に起因して脳症ないし脳炎が発生し、それが点頭てんかんをひき起したものと推認されないでもない。
しかし、原告の前記発熱は、原告の当時の年令から考えて脳炎の可能性は少なく、一応種痘後脳症の可能性が考えられるが、次のような諸事情を総合すれば、右発熱は種痘後脳症に基づくものではなく、気管支炎ないし上気道感染症によるものであると認めるのが相当であるから、右可能性も否定される。すなわち
1、種痘後脳症は、発病時しろうと目にもはっきり分るけいれんを主体とし、片まひ、失語症、不随意運動、意識障害等の症状を伴い、しかもその後遺症として片まひが残るのが通常で、従って種痘後脳症であれば、当然初診時そのような症状又はそれを推測させる症状がある旨の申出がなされる筈であると考えられるのに、岩佐病院の診療録にはそのような記載が全然なされておらず、≪証拠省略≫によれば、その後五か月経過した同年一〇月八日の徳大附属病院での受診の際もそのような症状があった旨の申出もなく、診療録にも当時医師であれば容易に発見できる片まひが原告に存在していた旨の記載がなされていないこと。
2、原告は、岩佐病院で気管支炎の診断治療を受け、翌日は一応回復し、その後徳大附属病院で診察を受けるまで、林医院を除いて特段の診察を受けて居らず、林医院での診療録には、けいれん、片まひを窺わしめるような記載がないこと、のみならず原告は、同年六月七日には健康準優良児として表彰を受けており、当時片まひ、運動障害、意識障害等の身体的異状もなかったことが窺知できること。
3、宮尾鑑定も、本件種痘により原告に脳炎ないし脳症が発生したことを否定し、同年五月二〇日頃の原告の発熱は、気管支炎ないし上気道感染症であると推定される旨鑑定しており、右鑑定は、岩佐医院及び徳大附属病院の診療録、原告の母親からの事情聴取等に基づいてなされたものであること、鑑定人宮尾益英は、日本の主だった小児科ビールス研究者で構成されている種痘研究班の一員で、種痘合併症の研究については専門家であること(いずれも、同人の供述により認められる。)等から、相当信用性があるものと考えられること。
従って本件種痘に起因して脳症が発生し、それがひいては点頭てんかんの原因となったことは、これを認めるに足る証拠はないものといわざるを得ない。
もっとも、種痘から脳症ないし脳炎の段階を経ずに、直接点頭てんかんが発生する場合があり、鑑定人宮尾益英の証言によれば、本件ではそのような印象しか受けないとのことであるが、種痘と点頭てんかんとの因果関係は、医学上必ずしも明らかでないことは、前叙のとおりであり、原告の点頭てんかんと本件種痘との関係を全く否定することもできないが、種痘によると断定する根拠は薄弱である旨の宮尾鑑定は、本件の具体的発病の日時、経過、医学上の研究成果に基づき専門家によりなされたものであるから、これを採用するのが相当である。結局本件点頭てんかんが本件種痘に起因するものであるとの点については、心証を得られないことになる。
なお、≪証拠省略≫には種痘脳炎後遺症に苦しむ幼児の実例が記載されているが、この症状についての記載は簡単であって原告の症状と似ているかにわかに判断しがたいのみならず、右は種痘脳炎後遺症の症状例で点頭てんかんのそれではないから、原告の症状が本件種痘に起因するものを肯認させる証拠とはなり得ない。
結局、原告の本件発病が本件種痘によるものであることを認めるに足る証拠はないといわねばならない。
五、よって、原告の本訴請求はその余の判断をするまでもなく理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用し、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 早井博昭 裁判官 三谷忠利 横田勝年)